痛みと生活、すなわち 植田真梨恵『ハートブレイカー』

 

 

 

昨年8月、約3年半ぶりに発売された植田真梨恵3rdフルアルバム『ハートブレイカー』を聴いて「植田真梨恵はやはり『痛み』を描く人だ」と感じた。

2014年にメジャーデビューしてからは万人受けを目指したポップでスタンダードな作品が続いていて、インディーズ時代のヒリヒリしたオルタナティブロック路線が大好きな私としては、メジャーデビュー以降の良さを認めつつも正直物足りなさを感じていた。

しかし『ハートブレイカー』はインディーズ時代とメジャーデビュー以降の毛色の違う作風を踏まえつつ、普遍性と芸術性を両立させることに成功していると思う。

このアルバムの最大のトピックはやはり本人以外の作詞作曲の新曲が多数収録されていることだろう。

徳永暁人氏、大野愛果氏、川島だりあ氏など、beingおなじみのベテラン作曲陣による提供曲(ゼロ年代Being/GIZA女性アーティストの亡霊としては垂涎もの)は、それぞれの持ち味と植田真梨恵の生っぽい歌声が心ゆくまで楽しめる仕上がりで満足度が高い。今まではライブに行くと音源が物足りなく感じてしまうことが多かったのだが、今作はさらに歌がうまくなっているというか、生で聴く歌声にかなり近い気がする。良くも悪くものっぺりした印象の『はなしはそれからだ』『ロンリーナイトマジックスペル』と比べると一目瞭然なのだ。ミックスの方針とかを変えたのかな?

本人のペンによる曲も粒揃いだ。本作はsoshiranu氏による編曲が多いのだが、今までの植田真梨恵楽曲ではあまり見られなかったナチュラルかつ奥行きのあるデジタルサウンドが心地いいし『heartbreaker』『バニラフェイク』などのラウドで重厚なバンドサウンドも完成度が高く、良いタッグを組んだなと思う。これからもこの組み合わせで何かしら出してくれないかな〜。ていうかsoshiranu氏何者?

何より今作の歌詞というか思想が好きだ。

一昨年に配信でリリースされたアコギとデジタルな音がどことなく寂寥とした印象をもたらす『Stranger』と今作のリード曲でありアルバムのタイトル曲でもある『heartbreaker』が本作品の骨格ではないかと思うのだが、まさに今の植田真梨恵にしか書けない曲ではないだろうか。

 

 自分以上に誰かを

 大切に思うこと

 それが愛の意味だと思い込んでいたけど

 なにができるんだろう

 『heartbreaker』

 

 高鳴るわ ゆきわたるロンリネスを

 イマジネーションで抗え

 『Stranger』

  

本人曰く、アルバムのコンセプトは「愛と血」とのこと。

その文字面から受ける情熱的な印象とは裏腹に、寂しさと静かな諦め、それでも続いていく生活へのささやかな祈りに貫かれている。今作のインタビューなどを読んでいると、愛猫ららさんに先立たれたことや、生まれ育った家庭の事情、歌手としてのキャリアや方向性に悩んでいることがなんとなく察せられる。地に足ついた揺らぎというか、大人が誰しも感じる行き場のない不安が本作にも表出している。

激痛でも生傷でもなく、かさぶたになりきれていない、忘れた頃にじくじくする痛みが全編に渡って描かれていると思う。寂しさと言い換えてもいい。生きていく上で避けて通ることができないそれらを『ハートブレイカー』に強く感じるのだ。

このアルバムのことを書こうとすると、どうしても個人的な話になってしまうので書くのが難しいのだが……私自身、こういう世の中になったこともそうだし、個人的にも環境が変わったり、昔から馴染んでいたいろんなものを失ったりといったことが続いてぽっかりあいた心の穴に『ハートブレイカー』がすっぽりハマったという感じがする。

心をそのまま剥き出したようなインディーズ時代の楽曲から、年を重ねて同じ世界を生きる人間としての普遍的な迷いや淀みを描いてくれるようになった植田真梨恵の音楽をこれからも聴き続けたいと思う。

以下好きな曲の感想。

 

1. heartbreaker

本人作詞作曲。教会の鐘のような重々しいピアノと声からはじまり、鮮烈なギターの音からなだれるように轟音のバンドサウンドに引き込まれる。思想の強さ、迷いのないシンプルな音作り、ファルセットから低音まで自由自在に響き渡る歌声など、『心と体』『メリーゴーランド』『夢のパレード』に並ぶ名曲だと思う。

3.まぜるなきけん

徳永暁人作曲編曲。ものすごく難解というか、プログレやクラシックの要素がとにかくめちゃくちゃに詰め込まれていて形容し難い曲のだが、不思議ととっちらかり感はなくて、終盤では一粒の雫のような美しさも感じられる奇怪な一作。ライブでどう演奏されるのか予想がつかない。提供曲の中では一番好きかも。

4.Black Cherry In The Dirty Forest

本人作詞作曲。前の曲が終わって切り替わった直後のイントロがドラマチックで聴いていてゾクゾクする。ほんのりダークで真夜中のトンネルを抜けていくような疾走感と打ち込みのポコポコトクトクした音が気持ちいい。本人が各所で言っているように編曲に魅力の多くを依存している曲だと思う。意外と5分以上ある。

10.my little bunny

川島だりあ作曲編曲。「bunny」=月=セーラームーン川島だりあが『ムーンライト伝説』の作曲者である噂からモチーフを引っ張ってきた? 

パンキッシュなリズム隊と華やかなメロディー、川島だりあといっせーのーせによる暑苦しい(笑)コーラスは聴き応えがある。本人はあえてエレキではなくアコギを用いたと言っていたが、この曲はエレキのほうが良かった気がする。アコギのカッティングが印象的な曲は「Stranger」「スルー」「IN TO」があるし。

17.ERROR

本人作詞作曲。今作唯一のバラードで本人によるピアノ弾き語りで、歴代植田真梨恵曲でもかなり上位に食い込んでくるくらい好きだ。「ねえ 歩こう 選んでいられないような運命が 心を支配しないように」に救われた一年だった。生活と人生が地続きであることをそっと言い聞かせてくれる曲。

 

アルバムツアーも開催され始めている。一年以上ぶりのライブが今から楽しみだ。