不思議な夢を見てた気がする、今日も仕事だけど 植田真梨恵『ロンリーナイト マジックスペル』

 

 


『ロンリーナイトマジックスペル』は2016年に発売された植田真梨恵のメジャー2ndフルアルバムである。


 前々からモチーフとして用いることが多かったという「夢」をテーマに制作されたアルバムで、シングル曲「わかんないのはいやだ」「スペクタクル」「ふれたら消えてしまう」「夢のパレード」も収録されている。

 リード曲の家族間のすれ違いを描いたバラード「ダイニング」が、今作をおおよそ象徴しているように思う。
 いかんともしがたいことで運命がすれ違う二人を描いたフレンチな「I was Dreamin’ C U Darlin’」、理想と現実の狭間で揺れる日々で叫びがこだまする疾走感あふれる「夢のパレード」、日々の忙しなさに押し流される人々を励ますでも貶すでもなく淡々と描く「犬は犬小屋に帰る」などはもちろん、目まぐるしく夢の情景を描いたポップな「WHO R U?」、ちょこまかしたリフが印象的な「パエリア」、ギターのカッティングとどっしりしたリズム隊が印象的な「悪い夢」なども、派手ではないけれど全部しっかり良い曲である。


 しかし、アルバム全体を覆い尽くし、根っこから支えているのは、先の見えないぼんやりした無力感だ。毎日ずっと長い夢を見ていてあんまり眠った気がしない。ベッドから起き上がるのも億劫だけど仕事や学校には行かなければならない。家族や友人はいるけれど、お互いにどんどん変わっていってしまっている感じがする。心許なくて忙しい日々の合間、本当にあった出来事と絵本やアニメーションの記憶が混ざり合う幼い頃の思い出を気づくと夢想している…的な人物像が浮かび上がってくる。憶測だが、植田真梨恵本人がそういう生活をしていたんじゃないかな?と思ってしまう。それほど人の心の感触がリアルなアルバムなのだ。
 私が初めてこのアルバムを聴いたのは確か大学生のときだった。そのころより、今の方がこのアルバムの良さが分かる気がする。大人の世界に放り出されて少し経って、ようやく見えてきた先の見えない未来を予感しながらも、日々忙しなく過ごしている人の心象風景をぴったり映しとっている音楽だ。

 メジャーデビューしてからの植田真梨恵に共通して言えることだが、あまりにもすべてがジャストフィットすぎるため、一度聴いただけでは良さに気づけないような気がする。そしてその魅力がスルメタイプで発揮するということは、現代の音楽シーンにおいてかなり不利なんじゃないかと余計な心配をしてしまう。肝心のレコード会社も頼りなさすぎるしねえ。


 以下気に入っている曲〜
 
「悪い夢」
 インディーズ時代から存在していた曲らしい。メジャーデビュー前後のライブで弾き語りを聴いた記憶がある。
 リズム隊がどっしり音を構え、ギターがしっかりジャギジャギ言ってるギターポップ。「ロマンティカ」「ペースト」などと印象が近いかな。「君が見た悪い夢を見た 醒めるな 繋がったまま」「瞼の裏に銀の星 不吉な合図に怯えているのかい」など夢の中の抽象的な概念と「長い休みが取れたら きっと海に行く それは叶えるとしよう」「坂道 いつもどおりの朝 眠たい毎日 雨上がりの空に」の現実の生活感の対比の感じがめちゃくちゃ分かる、こういう物理法則が私の心の中にもあると感じる。

というか私がまさにそうだからなんだけど、植田真梨恵の夢(大仰なものではなく、映画の中や絵本の中の出来事のような)と庶民的な現実での生活がマーブル模様的に入り混じっている作風ってオタクに刺さると思うんだよなあ。
 
「JOURNEY」
 浮遊感と疾走感が併走するシンプルでドリーミングな曲。クリスマス付近のライブでよく演奏されてるイメージ。「コンセントカー」「愛と熱、溶解」みたくバンド編成でもラズワルドピアノ編成でも後奏が情熱的に盛り上がるタイプの曲であり、こういうところでもインディーズ時代の息吹が感じられるのが嬉しい。
 
「ダイニング」
 家族というものをテーマに据えてまず出してくるのがこの曲…というのが良い。植田真梨恵は信頼できるぞと思う。
 ゆったりとしたシンセと煙のようなギターの音色が美しいスローかつ眠たげなバラードで、MVは地味ながらも曲の世界観をうまく広げているので是非見てほしい。すれ違う人同士、幼い頃に夢想したマジカルな世界、部屋の片隅で膝を抱えてじっとしている息苦しさなど、このアルバムのテーマがすべてこの曲に詰まっているといっても過言ではない。ファルセットが入り混じる歌声も綺麗で切ない。